渋谷音楽史

渋谷系とは何だったのか — 1990年代の渋谷とレコード店文化

「渋谷系」は、特定のコード進行やリズムを指すジャンル名ではありません。1990年代前半の渋谷に集まっていたレコード店・音楽メディア・そこに出入りしていた作り手たちのつながりをまとめて呼んだ言葉だとされています。音そのものより先に「街の名前」が付いた、めずらしい呼びかたです。

「ジャンル」ではなく「場所」から付いた名前

音楽の呼び名は、ふつう音の特徴から付きます。ロック、ハウス、ボサノヴァ——どれも演奏の形やリズムの型が先にあります。

渋谷系はそこが違います。1990年代の渋谷には輸入盤を扱うレコード店が密集していて、そこで売れていた音楽、そこで紹介されていた音楽が、まとめて「渋谷系」と呼ばれるようになった、と語られることが多いです。つまり流通と紹介の場所が先にあり、音は後から括られたという順番です。

このため、渋谷系とされる作品どうしを聴き比べても、音は必ずしも似ていません。ソフトロック寄りのもの、ネオアコースティック寄りのもの、クラブミュージック寄りのもの——共通しているのは音の型ではなく、過去の音楽を掘って引用する態度のほうだった、という整理のされかたをします。

レコード店が「編集」を担っていた

いまは配信サービスのアルゴリズムがやっていることを、当時はレコード店の棚と手書きのコメントが担っていました。

  • どの棚に置くか(ジャンル分けそのものが提案になる)
  • 手書きのポップで「この曲のこの部分が」と書く
  • 店内でかける(試聴機ではなく店の空気として流す)
  • 輸入盤を仕入れる=日本ではまだ紹介されていない音を持ち込む

この4つは、いまで言えばプレイリストと推薦文の役割です。渋谷という街に店が集まっていたことで、歩いて回れる距離のなかで情報が濃く循環したことが、呼び名が定着した理由のひとつとして語られています。

もうひとつ大きかったとされるのが、旧譜と新譜が同じ床に並んでいたことです。1960年代の再発盤と、その週に出た新譜が隣の棚にある。年代順ではなく手触りで並ぶ環境は、作り手が「昔のあの音を、いまの機材でやってみる」と考える下地になりやすかった、と説明されることがあります。

「掘って引用する」という作りかた

渋谷系と括られる音楽に共通するとされる特徴を、作りかたの側から言い換えると次のようになります。

要素 語られかた
参照元 1960〜70年代のポップス、映画音楽、ボサノヴァ、ソウルなど
編成 生楽器とサンプリング/打ち込みの併用
ハーモニー 単純な3コードよりも、セブンスやテンションを含む響きが多いとされる
装丁 ジャケット・書体・写真まで含めて世界観を作る

3つめのハーモニーについては、耳で追うのが難しければ、まずダイアトニックコードの並びから確認するのが近道です。キーのなかにどんなコードがあるかを知っていると、「ここだけ外の音が入った」という感覚を言葉にできるようになります。基本はダイアトニックコードの記事に、よく使われる並びについては王道進行(4536進行)の記事にまとめてあります。

なお、特定の楽曲のキーやコード進行をここで断定はしません。公式に公開された楽譜や本人の発言がない限り、耳コピの結果は人によって違うことがあるためです。

いまの宇田川町を歩くとどうなるか

渋谷のレコード店は入れ替わりが速く、1990年代の並びがそのまま残っているわけではありません。ただし宇田川町周辺には、掲載時点でも中古・輸入レコードを扱う店が徒歩圏に複数あります。

場所(掲載時点)
ディスクユニオン ROCK in TOKYO 渋谷区宇田川町32-7
ディスクユニオン 渋谷ジャズ/レアグルーヴ館 渋谷区宇田川町30-7 アンテナ21 5F
ディスクユニオン 渋谷クラブミュージックショップ 渋谷区宇田川町30-7 アンテナ21 4F
ユニオンレコード渋谷 渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ B1F
Face Records 渋谷店 渋谷区宇田川町10-2 新東京ビル301

ジャンルごとに店やフロアが分かれているので、目的の1枚を探すより、隣の棚に何が置かれているかを見にいくという歩きかたができます。渋谷系が生まれたとされる環境を体験として近づけるなら、こちらの回りかたのほうが近いかもしれません。営業時間や休業日は変わることがあるため、行く前に各店の公式ページで確認してください。

参考

関連